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札幌地方裁判所 昭和53年(わ)973号 判決 1979年2月15日

被告人 野村益男 外四名

主文

一、被告人野村について

被告人野村を懲役一年一〇月に処する。

未決勾留日数中一五〇日を右刑に算入する。

二、被告人高橋について

被告人高橋を懲役一年一〇月に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

三、被告人成田について

被告人成田を懲役一年六月に処する。

未決勾留日数中五〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

四、被告人原田について

被告人原田を懲役一年二月に処する。

未決勾留日数中八〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

五、被告人馬場について

被告人馬場を懲役一〇月に処する。

未決勾留日数中三〇日を右刑に算入する。

この裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

第一  被告人原田及び同馬場は、法定の除外事由がないのに、浜田利美と共謀のうえ、昭和四九年八月五日ころ、帯広市西一三条南九丁目一番地帯広競馬場三A棟において、覚せい剤であるフエニルメチルアミノプロパン(メタンフエタミン)を含有する水溶液約一ミリリツトルを競走馬である石本厩舎所属ハイダウエー号の左頸部に注射し、もつて覚せい剤を使用した。

第二、被告人野村、同原田及び同馬場は、法定の除外事由がないのに、堀勲と共謀のうえ、昭和四九年一〇月一三日ころ、函館市駒場町一二番二号日本中央競馬会函館競馬場E棟五号厩舎において、前同種の覚せい剤を含有する水溶液約一・五ミリリツトルを競走馬である石本厩舎所属ビクトリーキング号の左頸部に注射し、もつて覚せい剤を使用した。

第三  被告人野村、同高橋及び同成田は、法定の除外の事由がないのに、順次共謀のうえ、昭和五二年一〇月一五日午後二時二〇分ころ、札幌市中央区北一四条西一九丁目三四番地二八日本中央競馬会札幌競馬場第二九号厩舎において、同日同競馬場において開催される昭和五二年度第二回北海道営札幌競馬第六日目第一〇レースに出走予定の成田厩舎所属トカチグツトリー号の臀部に、同馬の競走能力を一時的にたかめる薬品である前同種の覚せい剤を含有する水溶液約一・五ミリリツトルを注射し、もつて出走すべき馬につき、その馬の競走能力を一時的にたかめる覚せい剤を使用した。

第四  被告人野村及び同高橋は、法定の除外事由がないのに、共謀のうえ、昭和五二年一〇月二二日午後二時ころ、右札幌競馬場第四二号厩舎において、同日同競馬場において開催される昭和五二年度第三回北海道営札幌競馬第三日目第一一レースに出走予定の後條厩舎所属ドウヤクナシリ号の臀部に、同馬の競走能力を一時的にたかめる薬品である前同種の覚せい剤を含有する水溶液約一ミリリツトルを注射し、もつて出走すべき馬につき、その馬の競走能力を一時的にたかめる覚せい剤を使用した。

第五  被告人野村、同高橋及び同成田は、法定の除外事由がないのに、共謀のうえ、同日午後二時すぎころ、同競馬場第二八号厩舎において、前記レースに出走予定の成田厩舎所属フジヤマグレース号の臀部に、同馬の競走能力を一時的にたかめる薬品である前同種の覚せい剤を含有する水溶液約一ミリリツトルを注射し、もつて出走すべき馬につき、その馬の競走能力を一時的にたかめる覚せい剤を使用した。

第六  被告人高橋は、法定の除外事由がないのに、板垣義雄と共謀のうえ、

一  昭和五二年一〇月一四日午後八時すぎころ、札幌市中央区南八条西八丁目五一五番地アーバンライフ九〇七号住吉政和方において、同人から、前同種の覚せい剤の粉末約〇・三グラムを代金三万円で譲り受けた。

二  同月二一日午後八時すぎころ、前記住吉方において、同人から、前同種の覚せい剤の粉末約〇・三グラムを代金三万円で譲り受けた。

三  同日午後一一時ころ、前記住吉方において、同人から、前同種の覚せい剤の粉末約〇・二グラムを代金二万円で譲り受けた。

(証拠の標目)(略)

(確定裁判)

被告人馬場は、昭和五一年二月二四日山形地方裁判所において、詐欺罪により懲役一年四月(五年間の執行猶予)に処せられ、右裁判は同年三月一〇日確定したものであつて、この事実は同被告人の前科調書により認める。

(法令の適用)

一、該当法条

第一、第二の各所為

刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条

第三、第四、第五の各所為

刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項三号、一九条、競馬法三一条二号

第六の各所為

刑法六〇条、覚せい剤取締法四一条の二第一項二号、一七条三項

二、観念的競合

第三、第四、第五の各罪

刑法五四条一項前段、一〇条により、重い各覚せい剤取締法違反の罪の刑で処断。

三、併合罪加重

刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(被告人馬場については、さらに刑法四五条後段、五〇条)により、被告人野村、同高橋及び同成田については第五の罪の刑に、被告人原田及び同馬場については第二の罪の刑に、それぞれ法定の加重。

四、未決勾留日数の算入

刑法二一条

五、刑の執行猶予

刑法二五条一項

六、訴訟費用

刑事訴訟法一八一条一項但書(被告人野村及び同原田につき)

(覚せい剤使用罪の適用について)

覚せい剤水溶液を競走馬に注射した行為が、覚せい剤取締法四一条の二第一項第三号、一九条の「使用」に該当するものとした点につき、当裁判所の見解を示しておく。

一、被告人成田の弁護人は、「覚せい剤取締法(以下単に法ともいう。)は、覚せい剤の濫用により公衆の健康が害されるのを防ぐことを目的とし、覚せい剤が社会にまん延するのを防止するため、輸入、製造の段階、及び譲渡、譲受、所持という流通段階、並びに使用という最終消費段階のすべての行為を処罰の対象とするが、使用以外の行為は、人体への使用に結びつく可能性があり、その意味で公衆の健康に害を与える蓋然性のある行為で、そこに違法性を認めることができる。しかし、本件のように、馬に注射したような場合は、覚せい剤は馬の体内で費消されてしまい、人の健康に害を及ぼすおそれは全くないから、法的には覚せい剤を廃棄処分したのと同視しうるのであつて、使用罪にあたらない。」旨主張する。

これはおそらく、法の目的から考えて、「使用」を人体に対する施用に限定すべきものと解するか、あるいは少なくとも本件のような行為は、無害な実質的違法性を欠く行為として使用罪にあたらないものと解されるのであろう。

二、そこで、法一九条にいう「使用」の概念について考えてみるに、同条が人体に対する覚せい剤の施用に限らず、法定の除外事由にあたる場合のほか、広く一般にその薬物としての用法に従つて用いる一切の行為を禁止するものであることは、明らかであるといわなければならない。このことは、同条において、覚せい剤施用機関において診療に従事する医師又は覚せい剤研究者、若しくはこれらの者から施用にため交付を受けた者が施用する場合(二号、四号)を除外事由として定めるほか、覚せい剤製造業者が製造のため使用する場合(一号)、覚せい剤研究者が研究のため使用する場合(三号)、及び法令に基いてする行為につき使用する場合(五号)のように、人体に対する施用以外の行為についても除外事由を設けていることの反面解釈として、疑問の余地のないところである。そればかりでなく、とりわけ本件における馬のような家畜について、覚せい剤原料の使用の一般的な禁止のもとで、家畜の診療に従事する獣医師がその業務のため医薬品である覚せい剤原料を施用する場合等を除外事由として規定している(法三〇条一一第二号、第三号)ことも、覚せい剤原料の使用禁止が家畜に対する使用にも及び、従つて、覚せい剤そのものの家畜に対する使用は、勿論一九条の禁止対象に含まれるものであることを、間接的に明らかにしていると考えることができる。

三、問題は、むしろ、このように覚せい剤の使用一般を広く禁止することの、法一条の目的との適合性、あるいはその処罰の実質的根拠ないし合理性にあると思われる。

覚せい剤取締法は、「覚せい剤の濫用による保健衛生上の危害を防止するため、覚せい剤及び覚せい剤原料の輸入、輸出、所持、製造、譲渡、譲受及び使用に関して必要な取締を行うことを目的とする。」(一条)。覚せい剤取締の終局的な目的が、人の健康保全にあることは、あらためていうまでもないことであろう。しかし、そのことは、「必要な取締」が、人体に対する使用及びその可能性のある所持等の行為に限られることを意味するものではない。覚せい剤は、「これを濫用するときは習慣性を生じ進んで慢性中毒症となり肉体上、精神上病的状態に陥り、遂には非行、犯罪を犯し、社会公共に危害を及ぼす虞のある」ところから、法は、「一方において覚せい剤の適正な使用の途を開きつつ、他方において、法定の資格者以外の者によるその譲渡、譲受、所持等が濫用の因をなしやすいことに鑑み、法定の場合の外一般に覚せい剤を所持し、又は譲り渡す行為等を禁止し」たのである(最判昭和三一年六月一三日刑集一〇巻六号八三〇頁、最判昭和三一年九月一一日刑集一〇巻九号一三四一頁)。たとえ、人体以外に対する使用、または人体に対する使用の可能性がない所持等の行為であつても、これらが野放しにされるときは、法の規制の及ばない覚せい剤の存在、流通を許すこととなつて、覚せい剤のまん延、濫用を惹き起こすおそれがある。法が、所持、使用等の行為を一般的に禁止している意味はそこにあるものと考えるべきである。さらに言えば、人に対して覚せい剤を使用した場合でさえ、その行為が処罰される理由は、使用された当人の健康が害されるからではない。このことは、自己の身体に対する使用、あるいは同意を得て他人に使用する行為も処罰されることを考えれば、容易に理解されよう。

要するに、覚せい剤取締法は、覚せい剤が濫用された場合の高度の危険性に鑑み、法による強度の管理・規制を必要と認め、除外事由にあたる場合のほかは、一般的にその使用を禁じたものと解すべきである。

四、以上述べたところから、本件競走馬への覚せい剤の使用が、法一九条に違反し、四一条の二第一項三号によつて処罰される行為であることは、明らかであろう。

(量刑について)

一、本件各犯行は、いずれも、道営競馬に関し、厩務員と外部の者が共謀し、配当金を得る目的で、覚せい剤を競走馬に注射して不正レースを敢行したという事案である。本件は、第一に不正防止の義務を負う競馬関係者が犯行に加わつている点において、第二に現在そのまん延・濫用が憂慮されている覚せい剤を使用した点において、第三に利欲に基づく犯行で現実に莫大な利益を得ているケースを含む点において、悪質である。

二、被告人野村は、厩務員という立場を利用し、早くも昭和四九年の判示第二の犯行に加担していたが、昭和五二年夏ころから高橋と組んで不正レースを計画・実行してきたもので、成田をはじめ他の厩務員を犯行に引き込み、判示第四、第五の事件では約八〇〇万円の利益を得て、これを遊興費などに費消しており、犯情は極めて重い。

被告人高橋は、野村とともに本件第三ないし第五の各犯行を企てた首謀者であり、使用した覚せい剤はいずれも高橋が入手したもので、馬券購入等の資金も同被告人が提供し、第四、第五の犯行だけでも約一、〇〇〇万円の利益を得ており、野村と並んで重い責任を負うべきである。また高橋は、昭和四一年、同四六年の二回にわたり、銃砲刀剣類所持等取締法違反、恐喝等の罪についてそれぞれ懲役刑の言渡を受けながら保護観察付で刑の執行を猶予されたほか、昭和四五年から四九年にかけて賭博罪で三回罰金刑に処せられた前科を有する。

被告人野村及び高橋の、以上のような情状に鑑みると、野村に前科がないこと、高橋は今公判に至り、北海道社会福祉基金に五〇〇万円を寄付して反省の意を表していることなど、両名に有利な事情を斟酌しても、なお主文程度の実刑は免れない。

三、被告人成田は、父親の主宰する厩舎で厩務員を勤める身でありながら、不正レースの遂行に加功し、フジヤマグレース号等の件では五〇〇万円の利得をしたもので、厳しい非難を甘受すべきであるが、野村に誘い込まれて犯行に加わつたもので、トカチグツドリー号の場合は利欲を動機とするものでないこと、起訴された二件に関与したにとどまると認められること、前科がなく更生を誓つていることなどの事情を考慮し、その刑の執行を猶予する。

被告人原田は、第一、第二の犯行の首謀者であり、責任は十分重いが、結果的に利得をしておらず、犯行後東京に戻つて競馬から手を引き、昭和五二年七月に病を得るまでタクシー運転手として稼働していたもので、前科がないことなども考慮し、刑の執行を猶予するのが相当である。

被告人馬場は、厩務員としての義務に背いて不正レースに加担し、礼金として二〇万円を受け取つている責任は軽くないが、犯行にやや消極的だつた面もみられ、また本件は、前記昭和五一年の執行猶予判決前の余罪であつて、その後二年以上の間和歌山市の輪島厩舎でまじめに働いていたことを考慮すると、本件を実刑に処して右執行猶予の取消等の結果を招来することも適当でないから、刑の執行を猶予する。

(裁判官 金築誠志)

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